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福岡高等裁判所 昭和30年(ネ)201号 判決

控訴人(反訴被控訴人)被告 天野武 外一名

訴訟代理人 上野開治

被控訴人(反訴控訴人)原告 天野泰子

訴訟代理人 菅野虎雄

主文

一、本訴につき

原判決中控訴人等の敗訴部分を左のとおり変更する。

被控訴人と控訴人武とを離婚する。

控訴人等は連帯して被控訴人に対し金五万円を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

一、反訴につき

控訴人武(反訴原告)の控訴を棄却する。

一、第一、二審を通じ本訴及び反訴の訴訟の総費用はこれを十分し、その二を被控訴人の負担とし、その余を控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等の訴訟代理人は、原判決中「原告その余の請求を棄却する」とある部分を除き、その余を取消す。被控訴人の請求を棄却する。控訴人武と被控訴人とを離婚する。被控訴人は控訴人武に対し金拾万円を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

事実関係につき、控訴人等代理人は、本案前の抗弁として、被控訴人が離婚訴訟の当事者にあらざる控訴人恒八に対する慰藉料請求訴訟を人事訴訟手続によるべき本件離婚請求の訴訟に併合提起したのは、人事訴訟手続法第七条に違反するから、被控訴人の右慰藉料請求訴訟は不適法として却下さるべきである。同条第二項によつて許される「損害賠償の請求」は、訴の客観的併合のみを指称するものであつて、離婚の当事者以外の者をも被告とする主観的併合まで認めたものではないと陳述し、反訴離婚の請求につき、被控訴人は自ら家出し控訴人(反訴原告)武の同居要求に対しても居所を転じて逃げ廻り、而も情夫があるとの噂まで耳にするに至つて控訴人武は被控訴人に婚姻継続の意思なきことを見極めたので、新に内縁の妻を迎えたのである。従つて控訴人武の側にこそ被控訴人との婚姻を継続し難い重大な事由がある。と陳述し、証拠関係につき、控訴人等代理人において、乙第一乃至第四号証を提出し、当審証人天野フイ、同上大石トクの各証言、当審における控訴人両名に対する各本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人において乙第一、二号証は郵便官署作成部分のみの成立を認め、その余の部分は不知、乙第三、四号証は成立を認めると述べた外は、原判決の当該摘示と同一であるからここにこれを引用する。(但し原判決書中有馬健太郎とあるは有馬健三郎の誤記と認めるから、これを訂正して引用する。)

理由

控訴人恒八の訴訟代理人は、本案前の抗弁として、控訴人恒八に対する本件慰藉料請求訴訟は、人事訴訟手続法第七条に違反して、提起せられた不適法の訴であるから、却下せらるべきものと抗弁するけれども、同法第七条第二項但書は、同条第一項の訴(離婚の訴等)の「原因たる事実によつて生じた損害賠償の請求」は、その訴に併合して提起することを得る旨規定しているから、離婚の訴の原因たる事実そのままを請求原因とする損害賠償(慰藉料)の請求訴訟を離婚の訴に併合して提起することは、同条の許容するところであると解せられるところ、被控訴人は、控訴人恒八が被控訴人に対し屡々不倫の行為に出た事実と、控訴人武が夫として控訴人恒八のかかる不倫行為を防止すべき義務(婚姻より生ずる夫の義務)に違反してこれに対し何等適切な措置を講ぜず、これを放置した事実とが相俟つて、被控訴人をして控訴人武との婚姻を継続すること能わざるに至らしめたものとして、右両個の事実を原因として離婚の訴を提起すると同時に、右離婚原因たる事実の一つである控訴人恒八の前記不倫行為は――控訴人武の夫としての前記義務違反の事実と相俟つて――被控訴人をして婚姻を継続することを得ざるに至らしめ、被控訴人に精神上の苦痛を与えたものとして、控訴人両名の責任を問い、これを理由に慰藉料を請求するものであるから、離婚原因たる事実が、そのまま右両名に対する慰藉料請求の原因たる事実となつているのであつてまさに前説示の人事訴訟手続法第七条第二項但書の場合に該当するものである。もつとも、本件に在つては被控訴人は離婚の訴の相手方でない控訴人恒八に対する慰藉料請求の訴を離婚の訴に併合提起しているけれども、離婚等の人事訴訟と通常訴訟との併合提起が制限されているのは、若し無制限にこれを許すときは離婚等の人事訴訟と通常訴訟とが互に性質、手続を異にする関係上審理の錯雑、遅延を来す虞がある為に過ぎないのであるから、この点から考えると、たとえ離婚の当事者以外の者に対する損害賠償(慰藉料)請求訴訟を離婚訴訟に併合提起した場合であつても、その損害賠償(慰藉料)請求権が「離婚の訴の原因たる事実」によつて生じたものである限り、離婚訴訟について審理した結果をそのまま損害賠償(慰藉料)請求訴訟の原因事実の立証に援用すれば事足りるのであつて、これが為特に審理の錯誤遅延を来す虞はないから、斯様な併合訴訟の提起も前示の人事訴訟手続法の規定に牴触しないものというべきである。従つて控訴人恒八の本案前の抗弁は採用できない。

よつて被控訴人請求の離婚訴訟の本案につき考えるに、その方式趣旨により官公吏が職務上作用した真正な公文書と推定すべき甲第一、二号証、原審における被控訴本人尋問の結果、並にこれによつて真正に成立したと認むべき甲第三号証、原審証人天野清太郎、当審証人大石トク、原審及び当審証人天野フイの各証言、原審における控訴人武本人尋問の結果の一部(但し以上の各証言及び控訴人武本人尋問の結果については後述措信しない部分を除く)を綜合すれば、被控訴人は昭和二十二年三月十九日控訴人武と婚姻し、爾来控訴人武の実父控訴人恒八夫婦の許に同居して、家業である草花つくり及び田地の耕作に従事していたが、控訴人恒八は、性、粗暴且圧制的で口やかましく、機嫌を損じた時は直ちに暴力に訴え兼ねない人柄で、家人に対しては絶対服従を要求する風であつたので、家人全部が同人の機嫌を損ずるのを恐れ憚る状況であつたこと。これに対し控訴人武は、極めておとなしい消極的な性格であり、父恒八に対しては唯、命のままに服従するという風であつたが、被控訴人と結婚した当初は親子夫婦間に格別風波の立つこともなく、家業に追われつつ日を送つていたこと。然るに昭和二十五年暮頃酒癖のよくない控訴人恒八は、被控訴人を侍らせての晩酌中、不意を衝いて被控訴人に接吻したことがありその後は度々家人の隙を見ては被控訴人に対し、「武はつまらぬから俺が子供を作つてやる」といい、屡々色情的言動に及ぶので被控訴人も極力警戒はしていたものの、晩酌の際など被控訴人が恒八の傍に近寄らぬようにしていると機嫌が悪く、瀬戸物を投げたりするので、やむを得ず傍にいて酌などしていると、腕力で被控訴人を引寄せて接吻したり、乳房を探つたり、或は陰部に手を差し延べたりするようなことが度々あり、昭和二十六年八月中の夜九時頃には、控訴人武の不在中台所で晩酌中強引に被控訴人に挑みかかつたが、被控訴人は抵抗して事なきを得たことがあり、又昭和二十七年六月二十九日の夜九時半頃にも被控訴人に盃を差して傍に引寄せ、陰部に手をやり、更にそれ以上の不倫の行為に及ばんとしたので、被控訴人は懸命に抵抗してこれを逃れたこと。被控訴人は屡々夫武にそのことを訴えたが、武は元来が温順過ぎる性格の上に、圧制的な父恒八に対しては殊に弱く、父親を諫止するとか、なお肯かれないときは、父と別居して禍根を絶つとかいう如きことは勿論思いも寄らず、父恒八の右の如き行動を防止すべき何等の方策も取らずして放置するのみか、殆んど反応らしいものすら示さないので、被控訴人は夫の頼りなさに痛く失望し親と名のつく控訴人恒八の行動故他に訴えるのも恥ずかしく悶々の中に日を過すうち、次第に夫に対する信頼も愛情も薄れ行き、控訴人武との結婚生活を継続する意思を失うに至り、秘かに離婚を決意し、昭和二十六年八月頃里帰りしたのを機会に口実を設けて離婚の申出をしたが、事情を知らない周囲の人々の懇請を却け切れず、一応控訴人等の許に帰つたけれども最後に昭和二十七年七月十八日、無断家出して実姉の婚家先大久保勇造方に身を寄せて今日に至つていること。控訴人武は一旦は被控訴人に復帰を求めたが、被控訴人の決意固きを見て断念し、既に他の女性を娶つて同棲していることを認めることができる。

甲第四号証の三の記載内容の一部、原審及び当審証人天野フイ原審証人有馬健三郎、当審証人大石トクの各証言、原審及び当審における控訴本人両名各尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に叙上の認定を覆すに足るべき確証はない。

以上認定の事態の下においては、被控訴人と控訴人武が再び同棲して婚姻を継続することは至難と考えられ、かような状況下に両名を法律上の夫婦の名において結びつけて置くことは双方に取つて不幸であり、婚姻制度の理念にも反するから、かような事態はまさに婚姻を継続し難い重大な事由に該当するといわたければならない。而して本件に顕われた一切の事情を考慮しても婚姻の継続を相当とする事情は認められないから、被控訴人の離婚の請求は理由があるというべきである。

他方控訴人武の反訴離婚の請求について考えると、控訴人武は「被控訴人は結婚当初から農業に従事することを嫌つて家婦としてのつとめを怠つていたが、最近になつて安易な生活を求めんとして、控訴人武に対し父恒八から財産の分与を受けて夫婦のみで他の仕事に転換すべきことを求め、控訴人武がこれに応じなかつたので、遂に家出し、控訴人等が帰宅を促してもこれに応ぜず、今日に至つたものであるから、控訴人武の側にこそ被控訴人との婚姻を継続し難い重大な事由がある」と主張するけれども、理由冐頭引用の各証拠を綜合すれば、被控訴人が家業である花作り等の農業労働に不馴れである上、その仕事のことで控訴人恒八から口喧しく叱責されることが多い為、この仕事を内心好んでいなかつた事実は認め得られるが、被控訴人がこの仕事を怠り、家婦としてのつとめを果さなかつたとの主張を認めるに足る確証はない。(却つて原審における控訴人武に対する本人尋問の結果によればそうでなかつたことを認め得る。)又原審証人有馬健三郎、当審証人大石トクの各証言、並に原審における控訴人武に対する本人尋問の結果中には、被控訴人が農業労働を好まなかつたことが、被控訴人において離婚の決意をなす一原因をなした旨の証言供述があるけれども、理由冐頭引用の各証拠を綜合すると、被控訴人は控訴人武と結婚して以来、控訴人恒八が前認定のようなみだらな言動を繰り返すようになるまでの三年ばかりの間は、格別離婚を望んだ事実がなかつたことを窺知し得るから、この点等から考えても右の証言供述はたやすく措信し難いし、他にこのような事実を認めるに足る確証はない。又被控訴人が自ら家出し離婚を求めた事実は間違ないか、以上認定した事実から見ると、特に反証のない本件に在つては控訴人武が控訴人恒八の前認定のような不倫の言動を防止する努力を怠らなかつたならば、婚姻を継続することは不可能ではなく、被控訴人が敢て離婚を決意するまで事態を悪化せしめるには至らなかつたであろうと察知せられるのであつて被控訴人が離婚を決意するに至つた原因は前認定のとおり、控訴人等の側に在り、控訴人武も控訴人恒八と共に、その責を負うべきであると認められるから、控訴人武に離婚を請求する権利はないと解するのが相当である。

次ぎに、被控訴人の慰藉料請求について按ずるに、叙上認定の控訴人恒八の一連の不倫行為は、被控訴人の人格を無視し、これに重大な侮辱を加える不法行為であつて、それ自体被控訴人に精神上の苦痛を与えるものであるが、控訴人武は、夫として控訴人恒八の右の如き不倫行為を防止すべき義務があり、且特に反対の証拠のない本件に在つては、これを防止しようとすれば出来ないことはなかつたと察せられるのに、何等前示被控訴人の窮境を脱せしむべき方策を講じないで、これを放置した為に、被控訴人は控訴人等の許に留ることができず、控訴人武と離別するのやむなきに至つたものであつて、控訴人恒八の不倫行為と控訴人武の夫としての義務違反行為とは相俟つて、被控訴人をして離婚を決意するのやむなきに至らしめ、被控訴人をして妻たる地位を喪失し、離別に伴う精神上の苦痛を蒙らしめるに至つたものであるから、控訴人等は連帯して被控訴人の右苦痛を慰藉するに足る金員を支払う義務がある。

よつて、その数額につき考えるに、以上認定の事実及び前示甲第二号証、原審における控訴人武並に被控訴人各本人尋問の結果を綜合して認め得べき控訴人恒八が田二段歩、畑約五段の外家屋敷を有していること、控訴人武は無資産で家業の草花作りその他田地の耕作に従事していること、控訴人恒八が農業によつて得る収入が年間参拾万円余であること、その他本件に顕われた諸般の事情を斟酌し、その金額は五万円を以て相当と認める。

従つて控訴人両名は被控訴人に対し連帯して右金員支払をなすべき義務があるから、その支払を求める被控訴人の本訴請求は正当である。(なお、被控訴人の控訴人武に対する財産分与の請求及び控訴人恒八に対する控訴人武を代位しての不当利得返還請求は、原審において棄却せられ、これに対しては被控訴人より控訴の申立がないから判断の要を見ない。)

最後に、控訴人武の反訴として主張する損害賠償請求について考えると、前認定のとおり、被控訴人が控訴人武と離別するに至つたのは、控訴人等の共同責任であつて被控訴人に責任はないから、控訴人武の損害賠償請求の反訴は失当として棄却すべきものである。

従つて、被控訴人の本訴請求中控訴人武との離婚を求める部分及び控訴人両名に対し五万円の限度において慰藉料の連帯支払を求める部分はいずれも正当であるから、これを認容すべきであるが、この限度額を超ゆる慰藉料請求は失当であるから棄却すべきところ、その中一部を認容した原判決はこの部分に限り正当でないからこれを変更すべく、控訴人武の反訴各請求はいずれも失当であるから、これを棄却した原判決は正当であつて反訴についての控訴人武の控訴は理由がないので棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき第八十九条、第九十二条、第九十三条、第九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田三夫 裁判官 中村平四郎 裁判官 天野清治)

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